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太平洋戦争時の責任者は責任を取らなかった

太平洋戦争時の日本では、高級士官達が失敗を犯しても厳しく責任を問わる事がなかったという。
牟田口廉也陸軍中将が固執したインパール作戦は、多数の餓死者を出し大失敗。牟田口中将は司令官こそ罷免、予備役に編入されたものの、その後は陸軍予科士官学校長を務めたという。
又、牟田口中将と大本営はインパール作戦の責任をお互いに転嫁しあったという。

他の例だと、福留繁中将は捕虜になり、機密書類まで奪われてしまったのだそうだ。

---以下、百田尚樹「戦争と平和」からの引用
海軍の福留繁中将が南方でアメリカ軍の配下の現地ゲリラに捕らわれて捕虜になり、機密書類を奪われてしまった事がありました。この時、軍は包囲していたゲリラへの攻撃中止と引き換えに彼を救出します。普段、軍の上層部は下っ端の兵士たちには「捕虜になるぐらいなら死ね」と言っていたはずなのに、高級将校が捕まった場合、ゲリラへの攻撃を中止してまで助けているのです。福留は機密書類まで奪われたにもかかわらず、のうのうと帰ってきています。

この時、機密書類をアメリカ軍に奪われたことが、後のマリアナ沖海戦の大敗北につながったと言われています。しかし福留も一切責任を取らされず、左遷も降格もありませんでした。
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日本軍責任者達は「捕虜になるぐらいなら死ね」、「一億総玉砕」などと勇ましい事を言いながら自分達の命は惜しかったようだ。

現代でも、愛国者を称する人達に勇ましい事を言う人がいるが、彼らのような勇ましい意見を聞いてはならないという事を歴史は教えてくれていると思う。


参考;無謀と言われたインパール作戦 戦慄の記録
   百田尚樹「戦争と平和」

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